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伝説のお店

【伝説の店 Vo.2】西中洲 なか尾 ~研ぎ澄まされた戦略とその先にあるもの


 

サブ1

 

国体道路、春吉橋の横を那珂川沿いに北に向かい3差路の細い路地に入ったすぐの場所にある「博多酒魚家 なか尾」。黒塗りの外壁のそのお店は、「ひっそりと」と形容して良い静かな佇まいで西中洲の街に同化している。開業は2004年6月。今年で10年目を迎えるその店は、静かな佇まいとは裏腹に「西中洲にこの店あり」と言われる博多の有名飲食店の1つと言って良い。

同店を経営するのは(株)なか尾の中尾慎一郎代表。
かつては大名の「グリル ド しんちゃん」という博多を代表する居酒屋を経営し、さらには「もつ鍋 しんちゃん」で20数年前に東京で巻き起こったもつ鍋ブームを牽引した博多を代表する飲食店経営者の1人。そして現在も「もつ鍋 一慶」を博多だけではなく東京にも展開し、博多=もつ鍋というイメージを発信する「もつ鍋の伝道師」と言っていい存在だ。

「グリル ド しんちゃん」というお店の伝説を耳にしたことのある人も多いだろう。わずか11坪の店でありながら夕方から翌朝にかけて常時8回転を記録し、月商1200~1300万の売上を作る怪物店舗。多くのお客様に愛されつつ10年前惜しまれながら閉店した「グリル ド しんちゃん」だったが、そのDNAを受け継ぎ西中洲に開業されたのが現在の「なか尾」なのだ。

その「グリル ド しんちゃん」の成功を中尾氏は「その頃の大名には他にそんな店がなかったからね」とこともなげに言う。
しかし「なか尾」に対しても中尾氏は「10年前は西中洲にこんな店がなかったからね」と全く同じ言葉を発する。

実はそこに中尾氏の店作りに対する“戦略性”が垣間見える。

西中洲の路地にひっそりとたたずむ「なか尾」

西中洲の路地にひっそりとたたずむ「なか尾」



 

サブ2

 

 

大名の「グリル ド しんちゃん」から西中洲の「なか尾」へ。
その過程にあったのは先ずは大名という場所の変質だった。
「グリル ド しんちゃん」がオープンした29年前は中尾氏曰く「大名は何もない住宅地だった」そうだが、それから開発が進み飲食店、美容室、アパレルショップが立ち並ぶ福岡を代表する「若者の街」に変化する中で、街全体が若い人ばかりになってしまったことに中尾氏は違和感を持つ。
そこで場所を変えるために選んだのが西中洲。10年前の西中洲は料亭の街というイメージが強く、事実今でも博多の名だたる料亭が軒を連ねる場所であるが、同時に一本奥の道に入ると家賃がべらぼうに安い地域でもあった。
「なか尾」の家賃は坪4000円という。老舗料亭の立ち並ぶ那珂川沿いの立地だと坪2万円位することもあるという西中洲の中でもきわめて安い。

この家賃の安さを中尾氏は「これが生き残るコツです」と言い切る。

あえて立地の良い、同時に家賃の高いところで勝負するのではなく、家賃の安い=だれも見向きもしない場所に出店する。それは中尾氏が「グリル ド しんちゃん」で学んだ商売の要諦でもある。「グリル ド しんちゃん」の家賃も坪5000円。その当時誰も見向きもしない大名の住宅街の中という立地であったからこその家賃であると同時に、だからこそ「他にそんな店がない」場所で勝負が出来た。

同じことは(株)なか尾のもう1つの基幹店である「もつ鍋 一慶 春吉店」にも言える。同店の立地も春吉地域の奥。お世辞にも良い場所とは言えないが、その家賃はやはり坪5000円。今でこそ春吉地域は飲食店の集積地として注目されているが「一慶」を出した10年前は死んだ場所と言っていい立地だった。それでも中尾氏は「場所は死んでいても良い。お客様はこちらが集めるから」とあえて出店した経緯を持つ。

そして「なか尾」の場合も周りは料亭ばかりの立地の中、ややアッパーな価格帯ではあるがカジュアルな居酒屋業態での出店は、まさしく「他にそんな店がない」状態での開業と言えた。
「誰もが見向きをしない、10軒20軒と飲食店が連なる場所ではない、そんな場所で出来たのが良かった」と中尾氏は語る。

もちろん、ただ家賃が安い立地を選んだだけではない。
「なか尾」はその立地を前提にして客様を集める要素を押えた店作りを行っている。

ここにもまた中尾氏の戦略性が表れている。

「なか尾」より半年遅れてオープンした「もつ鍋 一慶 春吉店」。春吉地域の奥。決して良い立地とは言えない場所での出店に中尾氏独特の商売のコツが垣間見える。

「なか尾」より半年遅れてオープンした「もつ鍋 一慶 春吉店」。春吉地域の奥。決して良い立地とは言えない場所での出店に中尾氏独特の商売のコツが垣間見える。



 

サブ3

 

飲食店が良い立地を狙う理由はただ1つ。それは立地によって集客の効率が大きく変わるからだ。人通りの多い道沿いの路面店であれば店の構えそのものが広告効果を持ち、同時に「あの場所に新しい店が出来た」という話題性と口コミ要素を持つ。

しかしどこにあるか分からない場所に店を構えた場合、どうやってお客様を集めるのか?
そこにはそのお店の持つ戦略性が大きく影響する。

「なか尾」が取った戦略、それはまず中洲という福岡を代表する繁華街に寄り添っているという立地条件を活かすことから始まった。中洲に数多くあるクラブ・ラウンジ・スナック。そのお店のママさんやホステスさんにとって同伴で使い勝手のいい店に徹すること。
コアなお客様をそこに設定することで「なか尾」は“あえてその店を選ぶ理由”を作っていく。

例えば中洲の同伴のお客様が焼魚を注文された場合、通常のお店であれば1本をそのまま出していく。もう少し気が利いた店ならば「切り分けましょうか?」とお聞きするが「なか尾」の場合は聞かずに最初から切り分けて出す。なぜならば同伴のお客様とは言え「好きでもない男と同じ皿の魚をつつけない」というのがホステスさんの本音、それを見越して最初から別皿に分けて出すのだ。

あるいは同伴の場合、予約もまたホステスさんがしてくることが多いが同時にキャンセルも多い。そのキャンセルを快く受け入れる対応も心がけている。
そうすることで気兼ねなくまた使っていただけるようにするためだ。

また「なか尾」の料理コンセプトは「博多の郷土料理屋」だが、そのコンセプトに沿いつつも「中洲のホステスさん達は1万前後の単価のお店に行き慣れている。そこのローテーションに入れてもらえるように『飽きさせない工夫』をするように」と現場に指示を出しながらメニューを組んでいる。

そのように中洲のママさんやホステスさんの事情や気持ちを理解してあげ、「中洲の人達にとって使いやすい店」になることで「なか尾」はお客様に支持され愛される店になっているのだ。

もちろん「なか尾」に来るお客様は中洲のお客様ばかりではない。地元のお客様も当然のごとく多いが、それ以上に目に付くのが観光客の多さだ。
特に観光客向けの販促を打っているわけではない。それでも観光客が集まる背景には、コアなお客様の評価がある。中洲の人達から得た評価から「地元の人が美味しいという博多の郷土料理の店」というポジションが確立され、そこから観光客が自然に集まる流れが出来ている。

事実、「博多に来たら『なか尾』」という県外のお客様や東京の芸能人のファンが多いのも「なか尾」の客層の特徴だろう。

落ち着いた雰囲気で“博多の郷土料理”を楽しめる「なか尾」の店内。

落ち着いた雰囲気で“博多の郷土料理”を楽しめる「なか尾」の店内。



 

サブ4

 

なかおの戦略性

 

「なか尾」の持つ戦略性。それは鋭利に研ぎ澄まされたナイフのような切れ味を持っている。家賃という極めて現実的で泥臭い要素から立地を選択し、そしてその立地からもっととふさわしいお客様をコアな客層に設定。その中でお客様に愛される店作りを実施し、それによって得られた評価を最大限活用している。

しかし、そんな切れ味の鋭い戦略性を持ちながら中尾氏は「これまで続いてきたのは運が良かったから」と言い切る。

「グリル ド しんちゃん」の時代から29年間、会社の経営は決して順風満帆だったわけではない。
「グリル ド しんちゃん」の頃には店長にGWの売上数百万円を使い込まれてしまい会社が傾きかけたこともある。
東京でもつ鍋ブームに乗って大きなビジネスチャンスを掴むが、わずか2年でブームが収束し、信用と人脈の全てを失い、それでも東京時代に培ったメディアとのコネからもつ鍋の通販が成功し会社の危機をしのいだこともある。

その全てを踏まえて中尾氏は「運が良かったから」と言い、同時に「自分が楽しいと思うことをやってきた。だから会社も29年続けて来られた」と語る。

「楽しくなかったら絶対うまくいかないですよ。飲食店で仕事をしていて『大変です。きついです』と言う人は『向いてないとよ』と思います。お客様に興味を持って、なぜこのお店を選んで頂けたかお伺いしながらこちらの姿勢を伝えていけばお客様も喜んで下さるし、楽しいじゃないですか。楽しくないのに『自分頑張ってます』じゃ続かないでしょう。楽しいから続くんですよ」

そう語る中尾氏の顔はキラキラと20代の若者のような笑顔が浮かんでいた。

「運が良かったから続いてきた」と言いながらも決して運任せでないのは、その店作りを見ると分かる。
「楽しいことをしてきた」と言いながらも、苦労も痛い思いも多く経験して来た29年だったのも、中尾氏の話から伝わってくる。

それでも中尾氏は言う。
「楽しいから続くんですよ」
と。

その言葉からは、戦略を越えた経営の本質が垣間見えて来る。

(株)なか尾代表・中尾慎一郎氏。「楽しいから続くんです」と最後は笑顔で語ってくれた。

(株)なか尾代表・中尾慎一郎氏。「楽しいから続くんです」と最後は笑顔で語ってくれた。

店舗データ

店名 博多酒魚家 なか尾
住所 〒810-0002 福岡県福岡市中央区西中洲3−2
アクセス 国体道路・春吉橋から那珂川沿いに北へ徒歩2分。3差路を左に入ってすぐ。
電話 092-732-3142
営業時間 17:00~01:00(ラストオーダー24:00)
定休日 日曜・祝日
坪数客数 120席
運営会社 株式会社 なか尾 代表 中尾慎一郎

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