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【九州・山口の酒】山口県岩国市 旭酒造“獺祭”~お客様へ向いた変化の先


サブ1

 

丁寧な言葉使いに、柔和な笑顔、そして柔らかい物腰。
今、日本酒業界で最も注目を集める「獺祭」を造る旭酒造株式会社。その代表取締役社長・桜井博志氏から受ける第一印象は、田舎の大旦那的な大らかさがある。
しかし一たび言葉を発すると、その言葉は常に革新と本質を捉え、特には攻撃的ともいえる大胆な発言が飛び出す。
その鋭さには、多くの苦難を乗り越えてきた経験と自信が垣間見える。

国道2号線から北へ約15分。山口県岩国市周東町獺越は、日本中のどこにでもありそうな渓合いの田舎である。
目にまぶしい山の緑と清涼な谷川を見ながら車を走らせると突如として現れる、田舎の風景にはそぐわない近代的な2つのビル。
それが旭酒造の第1と第2蔵だ。

第2蔵のすぐ横では新たな蔵が急ピッチで建造されており、その工事の様子からもこの蔵が現在急成長を遂げている最中であることが伺える。

「獺祭」と言えば今年(2014年)4月には来日したオバマ大統領へ安部晋三首相がプレゼントとしたことでも話題になり、それ以外にもその独自の酒造りのこだわりが「カンブリア宮殿」などのテレビ番組でも紹介され、現在最も大きな話題を振りまいている。

かつては年商1億円にも満たない小さな酒蔵が、現在は40億を越える規模にまでなり、さらにその成長の勢いは止まらない。

なぜこの山の田舎にポツンとあった蔵が突然変異のような現在の急激な成長を遂げることが出来たのか?
そして、その成長の根っこには何があったのか?

それは桜井氏の「お客様は日本酒の味をちゃんと分かっている」という言葉に集約されると言って良いだろう。

【画像左】谷川に沿った山の道を行くと突如現れる旭酒造の近代的な蔵【画像右】柔和な表情が印象的な旭酒造株式会社・代表取締役桜井博志氏

【画像左】谷川に沿った山の道を行くと突如現れる旭酒造の近代的な蔵。画像は2013年に完成した第2蔵。現在さらにもう1つの蔵を増床中。【画像右】柔和な表情が印象的な旭酒造株式会社・代表取締役桜井博志氏。



 

サブ2

 

旭酒造の酒造りは、それまでの日本酒の世界では常識とされていたものを幾つも壊して来ている。

その1つが純米吟醸酒に特化した酒造りだろう。
今でこそ普通酒を造らず純米酒と吟醸酒のみを醸す酒蔵は増えてきているが、旭酒造が純米吟醸酒に特化することを決めたのは90年代のこと。
なぜそこに特化する必要があったのか?と問うと桜井氏は臆面もなく「だって、うちみたいな小さな蔵が生き残るためにはそれしかなかったから」と笑いながら言う。

大きな酒蔵であれば何かに特化することで失う市場がある。
しかし、小さな酒蔵には今までと違うことを行うことで失う市場自体が小さく、その小さな市場を守ろうとすることの方が、会社を失う危険性を高くする。
「私は社員によく『何かすることのリスクより、何もしないことのリスクの方が大きい』と語ります。常に変化させなければ、変わらないことのリスクの方が大きいのです。ただし変わるならばお客様の方を向いて変わる必要があるのです」とは桜井氏の言葉。

純米吟醸に特化した酒造りは、まさに桜井氏の言葉通りに「お客様の方を向いた変化」であった。
桜井氏はその当時、日本酒を飲む客様の動きに時代の変化を見出していた。
それは「それまでのお客様は日本酒は安く酔うために日本酒を買う。しかし、これからは美味しさを買うお客様が増える」というもの。
その桜井氏の考え通りに90年代から2000年代に入ると日本酒業界そのものは酒蔵の数が1/3になるという急激な衰退を示しながら、美味しさを軸にした純米酒・吟醸酒の市場は逆に拡大している。

その波に山口の小さな酒蔵が乗るための変化。
それが純米吟醸への特化という形に他ならなかった。

そして、もう1つ旭酒造の持つ酒造りの特徴とも言えるのが杜氏を排して行われる「四季醸造」だろう。
気温が低くなる晩秋から早春にかけて行われることが通常の日本酒造りだが、旭酒造は1年を通じて醸造を手掛け、なおかつその現場には杜氏がいない。

杜氏そのものを桜井氏が否定したわけではない。かつては旭酒造にも杜氏がいた。しかし、桜井氏が意図したのは“生産と販売の一致”だ。
杜氏は生産のプロだが、同時に生産のプロがお客様のプロというわけではない。販売を通じてお客様の理解し、その顧客理解をベースに酒造りを行おうとした結果、桜井氏はどうしても杜氏の酒造りに口を出さざるを得なかった。それを嫌った杜氏が辞意を告げてきたのは00年頃という。
「四季醸造に踏み切ったのは杜氏がいなくなったからですよ」と桜井氏はあっけらかんと笑う。
しかし、杜氏のいない現場で四季醸造をすることは旭酒造にとって大きなメリットを生み出した。

それは杜氏の経験と勘を廃することでデータと分析を軸にした酒造りにシフトすることが出来たからだ。

酒造りを冬季のみで行うと得られるデータは年1度しかない。さらに、そのデータは杜氏のみが占有することになる。
しかし、四季醸造を行うことで得られるデータ量が飛躍的に増え、なおかつそれを社員が共有することでトライアンドエラーが加速し、「獺祭」の品質が大きく向上した。

現在では100本のタンクを使い年間1000本の仕込みをする「365日醸造」を実現。
第二蔵の事務所を訪れると、その100本のタンクのデータが壁一面に張り出され、毎日の変化がそこで一目で分かるようになっている。

その壁一面のデータこそ、旭酒造にとっての品質へこだわりであり、そのこだわりこそが「獺祭」の躍進の原動力になったのは容易に想像出来るだろう。

【画像左】壁一面に掲示されたデータ。全てのタンクの状態がリアルタイムに見ることが出来る【画像右】現在100本のタンクで年間1000本の仕込みを行う「365日醸造」を行っている。

【画像左】壁一面に掲示されたデータ。全てのタンクの状態がリアルタイムに見ることが出来る【画像右】現在100本のタンクで年間1000本の仕込みを行う「365日醸造」を行っている。



 

サブ3

 

それら旭酒造がこれまで築いてきた軌跡は、そのままビジネス的なサクセスストーリーと言って良い。

だが、そのサクセスストーリーの根底にあるのは「お客様は日本酒の味をちゃんと分かっている」という想いだ。

酒については酒蔵、特にその中でも杜氏が一番分かっていて、お客様は素人にすぎない。
そう(潜在的に)考えることが多い日本の酒蔵にあって旭酒造ははっきりと「お客様は酒の味を分かっている」と言い切る。

それは想いでもなく、旭酒造にとっては“事実”と言って良いだろう。
なぜならば、その答えが今の旭酒造の姿だからだ。

「獺祭」の主力商品は精米歩合23%の「純米大吟醸 磨き2割3分」。
大吟醸とは元の大きさの50%以下にまで磨いた酒米を使って醸す純米吟醸酒のことだが、「磨き2割3分」は日本一の大吟醸を目指し厳選された山田錦を23%にまで磨き抜いて造られている。

23%という数字自体は「日本一の大吟醸」を分かりやすく表現するためのものでもあったが、それ以上にそこまで磨いて大吟醸を作ろうとする旭酒造の品質へのこだわりが見える数字でもあり、そのこだわりが「美味しいものを買う」お客様の気持ちに応え、「獺祭」というブランドへの信頼に繋がっていると言える。

さらに桜井氏に「獺祭」の味の特徴を聞くと「華やかな香りと甘口の味わい」と答えられる。そして同時に「それが正解だとは思っていません」と続けられる。
お客様がその味を美味しいと思われるならば正解であり、お客様にとっての美味しさを追求した結果が今の「獺祭」の味ということなのだ。

飲食店にとっての日本酒とは、お客様がその店で過ごす時間を楽しいものにして頂くための“ツール”の1つと言っても良い。
日本酒のもつ味わいがお客様の心を和ませ、上質な味ともに訪れる酔いがその場を活気づける。
そして、もしその日本酒自体がお客様の方を向き、味作りの全てをお客様に楽しんで頂くために集中しているならば、飲食店にとってこれほど心強い“ツール”は他にないだろう。

旭酒造は、それを行っている。
自分達の“都合”を度外視し、お客様に向いた変化を行い、お客さまの望む味を作ることに集中している。
それは、繁盛店と言われる飲食店が行っている努力と同じものと言って良い。

1杯の酒の中に込められた、お客様への想いと、変化を恐れない心と、たゆまない努力。

「獺祭」の極上の香りと蜂蜜のような透明感のある甘みの奥には、それを醸す人々の目に見えない行いがあり、それが「獺祭」の素晴らしい味わいを作っている。

その味わいの中には、まぎれもなくお客様に対する信頼と愛情が含まれているのだ。

左が「獺祭」の主力銘柄「磨き2割3分」。右がその「磨き 2割3分」を越える酒を目指し造られた「磨き その先へ」。小売り価格32400円の価格を含めて日本酒の常識を壊す1本。

左が「獺祭」の主力銘柄「磨き2割3分」。右がその「磨き 2割3分」を越える酒を目指し造られた「磨き その先へ」。小売り価格32400円の価格を含めて日本酒の常識を壊す1本。

店舗データ

店名 旭酒造株式会社 代表取締役社長 桜井博志
住所 山口県岩国市周東町獺越2167-4
アクセス 車で国道2号線を下松市を過ぎて国道376号線に入り、さらに県道142号線を北上。周南市より車で約30分。
電話 0827-86-0120

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