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【九州・山口の酒】福岡県三井郡大刀洗町 井上合名会社“三井の寿”~化学とセンスと情熱で造る酒


サブ1

 

今から約25年前、北海道のある地酒屋が面白い試飲会を開催した。

その頃は地酒と言えば東北・北陸のいわゆる米どころの酒が中心。しかし、九州にも旨い地酒があることに目を付けたその地酒屋が行ったのが、新潟の「八海山」や「〆張鶴」などのその時代でも既にビックネームになっていた北国の地酒と、九州・福岡の当時無名であった地酒をブラインドで(銘柄が分からない状態で)飲み比べて、一番美味しいと思った酒に投票してもらうブラインド試飲会を開催したのだ。

その結果、上位に選ばれたのは全て九州の地酒。
さらにその時でも1位になったのが井上合名会社の造る「三井の寿」であった。

「だからでしょうね。今でもうちの蔵は北海道の取り扱いが多いんですよ」
と笑うのは井上合名会社の専務であり同社の蔵元杜氏を務める井上宰継氏。

このエピソード自体は井上氏が蔵で働くようになる前のものだが「三井の寿」の実力を知るには十分な話であろう。

井上氏は1970年生まれの44歳。
前職は「ハーゲンダッツジャパン」。
「ハーゲンダッツでは品質管理の大事さを学びました」という井上氏が4代目として実家の蔵に帰り日本酒造りの道に入ったのは今から17年前のこと。
さらに蔵元杜氏としての経験を積み始めて13年。
その13年間で全国新酒鑑評会において9度の金賞と3度の入賞を果たした、福岡を代表する蔵元杜氏の1人と言って良いのが井上氏である。

その井上氏のことを業界内では「酵母の魔術師」と呼ぶことがある。
元々はあるメディアの取材を受けた際に付けられた呼び名であったが、井上氏の多彩な酒造りを知る人であれば「そうそう!」と頷きたくなる通り名であろう。

井上氏がこれまで手掛けた酒の品目数は100品以上。
現在も「かなり絞りました」と謙遜されながら、それでも年間約30品の酒を醸す。

使う酒米の品種だけでも10種。
その10種の酒米の特徴と精米度合いと酵母の種類を使い分けながら、その全てに質の高さを感じさせる多様な酒造りを実現しているのだ。

しかし、井上氏自身は今の自身の酒造りを「まだ過程です」と断言する。
「今はまだ昔から造ってきた本来の三井の寿の味と、私が造る酒の味をすり合わせている段階です。そのすり合わせが進めばもっと品数は絞りますよ」
と語る井上氏の言葉の背景には、13年で9度の金賞に輝きながらも自身の進む道の先を見据える謙虚さがある。

「酵母の魔術師」井上氏の酒造りを象徴するのが「イタリアンラベル」と名付けられた一連の季節限定の純米吟醸のシリーズだろう。

四葉のクローバー、てんとう虫、セミ、きのこ等の可愛いイラストとイタリア語の商品名を重ねた「イタリアンラベル」は、先ずは見た目の可愛さでお客様の興味を引き付け、その上で季節ごとに変わる味わいで日本酒の奥深さを感じて頂く狙いがある。
特に春限定の「QuadoliFogilio(クアドリフォリオ)」は「吟のさと」という酒米を60%に精米し造られた生の純米吟醸なのだが、同じ「吟のさと」60%だが今度はひやおろしの「Poltini(ポルチーニ)」を秋限定で出すことで、同じ酒米の酒が造りを変え季節を経ることで味わいが変わることを感じてもらい、日本酒の面白さを理解して頂けるように考えられている。

「イタリアンラベル」シリーズ以外においても酒米の違いや酵母の違いで、華やかでモダンな味わいの酒からどっしりとして日本酒好きが好む深い味わいの酒まで多種多様な酒を醸し、「三井の寿」を飲み比べることで日本酒の面白さを知ることが出来るようになっているのだ。

「酵母の魔術師」井上合名会社・井上宰継氏

「酵母の魔術師」井上合名会社・井上宰継氏



 

サブ2

 

その井上氏は自身の酒造りのこだわりを「酒造りは化学とセンスと情熱」と表現している。

先ず第1は化学。
「酒造りは江戸時代から変わっていないのです」と言う井上氏だが、それでも時代が変わることで化学が発達し、今は江戸時代から続く酒造りの「なぜその味になるのか?」という“原理”が分かるようになってきた。

例えば使う米の質や酵母の違い、さらに温度と時間の関係から味がどう変わるのかが化学的に分かるようになってきたのが現代の酒造りなのだ。

その辺りを料理に例えるならば、同じレシピのカレーを作ろうとしても常に同じ味にするのは難しい。なぜならば使う材料のジャガイモや人参であれば収穫からの経過で水分量が変わり、1つ1つの大きさも違う。それらが違うことで味は“化学的に”違う物になる。
さらに調味料を入れるにしても、順番が変われば鍋の中で起こる化学変化が違ってくる。

同じことが酒造りに言えるが、逆にそこをコントロールすることで狙った味が造れる。
それが井上氏の言う“化学”という要素である。

ただし、それだけではまだ足らない。
化学的な理論や原理が分かったとしても酒造りの現場は年ごとに変化する。
その年の酒米の水分量であったり、その年の気温の変化や湿度の変化、その変化の中で何をどのタイミングで、どの順番で行うことが最適の状態に導くかを判断できること。
それが“センス”である。

もちろん、そこまで化学的な原理を追求し、その上で狙う味を作るために状況に応じた細やかな判断を行なおうとするならば、その姿勢の根源には“情熱”が必要になってくるのは当然だろう。

そして、井上氏の情熱の源泉は蔵元杜氏であることに集約される。

井上氏の「化学とセンスと情熱」が注がれ醸される酒

井上氏の「化学とセンスと情熱」が注がれ醸される酒



 

サブ3

 

井上氏自身もちろん最初から蔵元杜氏ではなかった。

元々は「三井の寿」と長い付き合いがあり東京でも有数の地酒専門の酒販店である「はせがわ酒店」とのコネクションから全国の意識の高い蔵元と付き合うようになったのがきっかけである。そして、その多くが蔵元杜氏であることで酒造りについての教えを受け、そこで自社の酒造りを自分でやってみたところからが井上氏の杜氏としてのキャリアのスタートであった。

今でも井上氏は全国の蔵元とのネットワークを大事にし「自分の経験が足らない部分は人から教えを受けることで補っています」と言う。

さらに通常の杜氏と蔵元杜氏の違いを井上氏はチャレンジ精神の違いと考えている。
通常の杜氏は雇われて仕事をしているので、どうしても造りが保守的になりやすい。保守的になるが故に「その地方の昔ながらの味」のみを考え、酒を無難に作ろうとしてしまうのだ。
しかし、日本酒の流通も全国的になり、地方のみではなく全国のお客様を視野に入れた酒造りが求められる今の時代においては、そのような地方性だけを考えた酒造りでは将来性が生まれない。
地方性を乗り越えるチャレンジ精神が必要になってくるのだが、それはリスクを背負える蔵元杜氏だからこそ出来ることでもある。

さらにリスクを背負うからこそより真剣に酒造りに取り組まざるを得ない。
そこに井上氏の言う“情熱”が生まれるのだ。

井上氏の「酵母の魔術師」という通り名も、100品以上を生み出した多産性も、「イタリアンラベル」のような細やかな仕掛けも、全ては蔵元杜氏としての情熱が生み出した産物と言えるかもしれない。

「三井の寿 純米吟醸 酒未来」 あの「十四代」蔵元の高木氏から薦められた「酒未来」という酒米を使って造られた、井上氏の全国に広がるネットワークを象徴する純米吟醸。

「三井の寿 純米吟醸 酒未来」
あの「十四代」蔵元の高木氏から薦められた「酒未来」という酒米を使って造られた、井上氏の全国に広がるネットワークを象徴する純米吟醸。



 

サブ4

 

その井上氏は日本酒の未来を極めて楽観的に捉えている。

「日本全国には1500の蔵があると言われています。さらに福岡だけでも70もの蔵があると言われていますが、自分でもその全部は知りません。まだまだ自分の知らない余地は沢山ありますし、だったら売り先はまだまだある。日本酒はまだまだ売れると思っています」

実際、井上合名会社が造る日本酒の殆どは純米酒だが、全国の日本酒のシェアのうち純米酒が占める割合はまだ1割程度にすぎない。
つまり純米酒の延びる要素はまだまだあると考えられるのだ。

さらに今から井上氏が目指しているのは海外から日本への“日本酒の逆輸入”である。

現在も既にアメリカ、イギリス、中国、シンガポールといった海外との取引が始まっているが、今後はそれをさらに拡大させながら世界中で普通に日本酒が飲まれる状況を生み出し、海外の評価を逆に日本に持って来ることで日本酒の評価を高めたいと考えている。

「世界中が飲めば日本酒はいくらでも売れますよ。日本酒の未来は明るいですね」
そう笑う井上氏の明るい表情を見ていると、その言葉はそのまま実現する可能性が高いと感じさせる。

世界的な日本食ブームを追い風に、海外でも日本酒の評価が高まりつつある現在、2011年には佐賀の「鍋島」、2013年には福岡の「喜多屋」とIWC(インターナショナルワインチャレンジ)のサケ部門グランプリを生み出し注目される九州北部の日本酒。
その中にあって既に福岡のみならず日本と言う地域性すら飛び越えた視野で将来を考えている酒蔵が井上合名会社である。

「三井の寿」が世界に羽ばたき「三井の寿が福岡にはあるんだ」と地元福岡が自慢できる。
そんな日が来ることは、そんなに遠くない将来かもしれない。

 

大正11年創業だが日本で一番若い酒蔵と言われる井上合名会社の瀟洒な雰囲気を持った蔵。ここから世界へ新しい日本酒が飛び立とうとしている。

大正11年創業だが日本で一番若い酒蔵と言われる井上合名会社の瀟洒な雰囲気を持った蔵。ここから世界へ新しい日本酒が飛び立とうとしている。



 

 

店舗データ

店名 井上合名会社 代表者 井上茂康
住所 福岡県三井郡大刀洗町栄田1067-2
アクセス 西鉄甘木線、大堰駅より徒歩10分
電話 0942-77-0019

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