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特集

【九州の器 Vo.2】ミシュラン星付レストランと小石原焼 福岡県東峰村 實山窯 森山寛二郎


サブ1

 

森山寛二郎氏にとって忘れられない体験がある。
それは25歳の時に訪れたスペインのビーゴという街で見た素朴な器作りの光景だ。
ビーゴはスペインの北西部に位置するポルトガルとの国境に面した港町。大西洋に面するのどかな雰囲気の中で行われる陶芸は、日本で言う楽焼のような素朴な焼き方をしている。
大学時代の恩師に誘われて参加したワークショップでその焼き方を見た森山氏の眼は、素朴ではあるが自らが行っている小石原焼との違いを見逃さなかった。

それは冷まし方の違い。
ビーゴの焼き物は窯から取り出すとすぐに冷ましにかかる。その違いで生まれる肌色に森山氏は「冷まし方1つでここまで変わるんだ」と何か目の前が大きく広がるような感覚を受けた。

そこから、森山寛二郎氏の試行錯誤の日々が始まる。

森山寛二郎氏は現在30歳。福岡県朝倉郡東峰山村にある「小石原焼 實山窯」の2代目になる。
小石原焼は江戸時代から400年の歴史を持つ福岡を代表する焼き物の1つと言えるが、有田焼のような輸出をメインに行ってきた焼き物とは違い、普段使いの民芸陶器として歴史を刻んできた。
普段使いと言いつつも、特徴的な“飛び鉋”や“刷毛目”と言われる独特の紋様を伝統的に持ち、現在では「用の美」を持った焼き物として再評価されている。

元々、バスケット少年だった森山氏は自分が陶芸家になるという未来を最初から描いていたわけではない。
小学生の頃からバスケットに打ち込みながら、同時に実家の實山窯の手伝いをしていくうちに自然に陶芸家の道に入っていく。
高校は有田工業高校の窯業科へ進学。さらに大学も佐賀大学文化教育学部の美術・工芸過程へ進み、その頃から積極的に展覧会等へ作品を出品。数々の賞を受け、若手陶芸家としての評価を集めるようになって行く。

しかし周囲の評価を集め始めても、彼は「自分の器」を求めたゆまない研究を続けて行った。

實山窯2代目 森山寛二郎氏。まだ30歳の若き陶芸家だ。

實山窯2代目 森山寛二郎氏。まだ30歳の若き陶芸家だ。



 

サブ2

 

スペインから帰って来た森山氏は早速“冷まし方”の研究を始める。
元々、森山氏は“陶芸バカ”と言って良い素質を持っている。打ち込み始めたらとことんまで入り込む気質が森山氏にはある。
そして、毎日目が覚めた時に「今日はどんな焼き物が出来ているんだろう?」とワクワクする気持ちを持ち続けていたいと語る森山氏。
その“ワクワクする気持ち”に応えるテーマがまさしく“冷まし方”だった。

スペインから帰国した数年は試しては焼き、試しては焼きの繰り返し。その中で森山氏は1つの答えに辿り着く。
それが「除冷還元(じょれいかんげん)」という冷まし方だった。

除冷還元とは焼き物を焼いた後の冷ます過程で、なお窯の中でバナーを炊くことで酸素を少なくしながら冷ます手法。
それを小石原焼の器で行った時、小石原焼は全く別の姿を森山氏に見せ始めたのだ。

同じ釉薬をつかいながらも、除冷還元を行った器は、独特のメタリックな風合いを肌の表面に見せるようになり始めた。
それは小石原焼の持つ温かみのある野趣あふれる風合いとは違う、現代的で洗練された色合いだった。

その除冷還元を行った器の色に森山氏はますますのめり込んでいった。

左が除冷還元を行った器、右が従来の小石原焼。釉薬は同じものだが色合いが全く違う。

左が除冷還元を行った器、右が従来の小石原焼。釉薬は同じものだが色合いが全く違う。




 

サブ3

 

その新しい小石原焼を象徴する森山寛二郎氏の最先端の仕事を見ることが出来る場所がある。
それは東京・白金台にある「TIRPSE/ティルプス」というモダンフレンチのレストランだ。

「ティルプス」は東京ミシュラン三ツ星の「カンテサンス」でソムリエを務めていた大橋直誉氏が2013年に「カンテサンス」移転を契機に独立しオープンさせた店。
さらに「カンテサンス」移転跡地にオープンさせることで話題となった同店は、オープン後わずか2カ月でミシュラン一つ星を獲得する快挙も実現し、現在最も東京で注目されるレストランの1つとなっている。

その「ティルプス」オープンにあたりオリジナルの器を作れる陶芸家を求めていた大橋オーナーは、友人のツテを手繰る中で森山氏に白羽の矢を立てる。

大橋オーナーの想いは日本の伝統文化が現代の時代性に“繋がる”ものになること。
「日本の伝統と文化が繋がるデザイン」をコンセプトに据えながら、有田焼や小石原焼などの伝統的でありながら今に通じる器を求め、その想いにかなう器を「ティルプス」で使っている。

さらに森山氏の想いもまた400年続く小石原焼の伝統をベースにしながら、新しい技法を取り入れることで今の時代性を反映した小石原焼を作ること。
2人の想いが重なった「ティルプス」の小石原焼は、大橋オーナーのリクエストに応える形で森山氏が自身の技法を粋を集めて焼き、2人の二人三脚で生まれた器なのだ。

その器はともすると和食器の常識、あるいは洋食器の常識からも逸脱する。
現場レベルでの使いやすさは二の次。それよりもお客様の眼を楽しませることに集中した器の数々は時には突飛な形を取りながら、それでもその佇まいの奥には紛れもない小石原焼の顔を持っている。

現在「ティルプス」で扱っている器は全てオーダーメイドではあるが、森山氏独自の除冷還元の技法をつかった器は寛山窯に行くと購入することが可能だ。

さらにティルプスでの経験をベースに自らの陶技を深めた森山氏には福岡市内の飲食店のファンも着き始めている。

「もっと自分がワクワクするような器を作りたい」
その森山氏の気持ちは今も変わらない。

東峰村の若き“陶芸バカ”は、今日もワクワクしながら、自ら焼いた器の新しい表情を求めて窯を開ける。

ティルプスで使われている森山氏の小石原焼。【画像左】除冷還元が生みだすメタリックな色合いが特徴的。【画像中】小石原焼らしい野趣の溢れる風合いと現代的な表情の2つが垣間見える一皿。【画像右】インパクトを重視した、ユニークな一皿。

ティルプスで使われている森山氏の小石原焼。【画像左】除冷還元が生みだすメタリックな色合いが特徴的。【画像中】小石原焼らしい野趣の溢れる風合いと現代的な表情の2つが垣間見える一皿。【画像右】インパクトを重視した、ユニークな一皿。



 

店舗データ

店名 小石原焼 森山實山窯  代表・森山元實
住所 福岡県朝倉郡東峰村大字小石原871-1
アクセス 国道211号道の駅小石原交差点から約250m
電話 自宅/0946-74-2027 工房/0946-74-2322

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