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特集

【編集長レポート 第1回】FUKUOKA NOW!越境と融合と新しい福岡らしさ


●お客様の興味は今どこへあるのか?              

ぱっと見はオーセンティックバーのように見える「あら木」の店内

ぱっと見はオーセンティックバーのように見える「あら木」の店内



福岡市の人口は現在151万人。その中で飲食店の総数は約1万8千店と言われている。その数が多いか少ないかは分からない。しかし、確実に言えることはその全てが繁盛しているわけではないということ。いや、むしろ繁盛店と言える店はほんの一握りしかないだろう。

もちろん、繁盛店になることが飲食店を経営する目的ではない。しかしビジネス的にはお客様にどう喜んで頂き、どう来てもらえるか。そこに集中していかない限り利益は生まれないし、お店の経営は長続きしない。そして、お客様に喜んで頂くためには“今”のお客様が何に興味を持ち、何を楽しもうとしているかを知る必要がある。

フードスタジアム九州の記念すべき第1回の“FUTURE”(特集記事)は、今の福岡で際立った個性を発揮しているお店を紹介しながら、今の福岡のお客様達の興味がどこにあるのかをレポートしたいと思う。

 

●越境するジャンル。大名「あら木」

ソムリエでもあるオーナーの荒木剛氏。ワインのセレクトは全て自身で行う。

ソムリエでもあるオーナーの荒木剛氏。ワインのセレクトは全て自身で行う。



ここ最近、メディアを賑わすことの多い飲食店をピックアップすると、ある傾向が見えてくる。その傾向とは、まずジャンルの壁がどんどん取り払われているということ。

パッと見だけでは和食の店なのか洋食の店なのかが分からない。居酒屋なのかビストロなのかバルなのかが分からない。例えば西中洲にある「hub」というお店は、一流の料亭で料理長を務めた和食の職人が作る料理を、ソファーで食べる。しかも客単価は4000円台。居酒屋と言ってもいい価格帯で、居酒屋とは違う和食の技術の入った料理を、落ち着いた洋風の空間の中で提供する。

あるいは、これから紹介する「あら木」もそんなジャンルを越境したお店の1つだ。大名の真ん中、西通りから細い路地を入り込んだ建物の2階にある「あら木」は、大名と言いつつも立地は決して良いとは言えない。しかも、店内はパッと見はオーセンティックバーのような佇まい。しかし、この店はソムリエのいるワインのお店であり、同時に天ぷらの店でもある。このジャンルにとらわれないお店のあり方がお客様に支持されているのは「あら木」の食べログの点数が3.96という高い点数を維持していることからも伺える。

「あら木」のオープンは2009年。オープンして5年目の若い店と言える。

天ぷらとワインの組み合わせ。この日は「真鯛の燻製とカマンベールの天ぷら」(400円)をブルゴーニュ・シャドルネの白と合わせて

天ぷらとワインの組み合わせ。この日は「真鯛の燻製とカマンベールの天ぷら」(400円)をブルゴーニュ・シャドルネの白と合わせて



オーナーの荒木剛氏もまた若い。独立時はまだ29歳。その若い感性の中で荒木氏は最初から狙ってワインと天ぷらの店を作った。

「元々が独立志向でした」とは荒木氏。20代はフレンチレストランで修業した荒木氏だが、そのままフレンチのお店を作らなかったのは「他にないものを作りたかったから」と言う。「他にないものとは、まずは非日常的であること。そしてギャップがあること。料理に関しては日本人らしく箸で食べられて、季節感が表現できて、単品でもご提供ができ、もちろんワインに合うものを料理人と相談して考えました。その中で選んだのが天ぷらです」

お店としてのこだわりはまずはワイン。ワインを気軽に楽しんでもらうために、しっかりした味ではあるが決して高額にはならないワインをセレクト。ソムリエである荒木氏が選ぶワインは「味わいが上品で酸味が美しいこと」「ピュアなニュアンスがあること」を基準に選んでいる。

「イメージしたのは自分がポッと行ける店です。まずは自分が楽しいと思う店にしたかったのです。サービスする側としても自分が楽しくないと良い仕事にはならないですし。

誰もが圧倒される仁○加屋長介のメニュー板。しかもそこには値段が明記されていない。

誰もが圧倒される二○加屋長介のメニュー板。しかもそこには値段が明記されていない。



まずはこの店でお客様にはワインの気軽さや楽しさを感じて頂きたいと思っています。そこでお客様に楽しさを与えることが出来れば、それをきっかけにワインのことをもっと好きになる方が増えるのではないかと思っています」

「あら木」のお客様は30代から60代と年代の幅は広い。そして男女比も半々。特徴のない客層ともいえるが、中身は違う。「お店そのものを楽しんで頂けるお客様が『あら木』のお客様です」と荒木氏は言う。

若いからこそ生まれる自由な発想と、仕事を楽しみたいという気持ち。そしてそれに反応する自由な感性を持ったお客様。そこに今の福岡の市場の一面が表れている。

 

●業態の融合。薬院「二○加屋長介」

ジャンルの越境があるならば、当然ジャンルの融合もある。

遊び心あふれる店作りをする玉置康起氏。

遊び心あふれる店作りをする玉置康起氏。



次に紹介するのは福岡で“うどん居酒屋”という福岡独自の新しい業態を確立したと言われる「二○加屋長介」。

創業は2010年とまだ新しい店だが、すでに福岡では「この店あり」といわれる有名店と言って良い。

今年7月には「ブルータス」にも掲載され、ますます注目を集めているお店だ。

しかし、「二○加屋長介」のあり方を新しい業態という一言で括っても良いのだろうか?このお店には独自の遊び心が至る所に垣間見える。例えば店内に入ると最初に目につくのは天井に届かんばかりに設置されたメニュー板。その圧倒的な存在感に誰もが目を奪われる。しかもそのメニュー板には価格が一切書かれていない。そうここは「値段のない居酒屋」なのだ。

オーナーの玉置康起氏は福岡でも有名な定食屋の店長を務めた経歴を持っている。

仁○加屋長介人気の居酒屋メニュー。殆どのお客様が注文するという「雲仙ハムカツ」

二○加屋長介人気の居酒屋メニュー。殆どのお客様が注文するという「雲仙ハムカツ」



創業時の気持ちを玉置氏は「最初から居酒屋をするつもりでした。

定食屋にしなかったのは最後の切札として取って置くためです。もし居酒屋で失敗したら定食屋にすれば良い。それよりも、まずは面白い事をしたかったのです」と語ってくれた。

その“面白いこと”として選んだのが「うどん+居酒屋」という業態。元々福岡にはうどんを出しながら夜は居酒屋といううどん居酒屋の走りのようなお店が幾つもあるが、玉置氏はそれを先鋭化。

まずは「うどん屋のついでに居酒屋」という“ついで感”をなくし、居酒屋としても水準以上のクオリティをもったメニューを組み上げた。さらにうどん自体も通常のうどん屋よりも高いクオリティを意識し、全体をブラッシュアップ。そうして出来上がったのが「二○加屋長介」なのだ。

しかし、玉置氏の“面白いこと”はそれに留まらない。例えば立地。薬院駅から南に下って約500m。細い路地のさらに奥にある立地は、飲食店として良い立地とは言い難い。それでもその場所を玉置氏は「ここだ!と思って選んだ」と言う。

糸島産の地粉を使って手打ちで作る仁○加屋長介のこだわりのうどん。うどんのクオリティの高さも人気の秘訣。画像は「もつしょうゆうどん」(950円)

糸島産の地粉を使って手打ちで作る二○加屋長介のこだわりのうどん。うどんのクオリティの高さも人気の秘訣。画像は「もつしょうゆうどん」(950円)



さらには前述した値段のないメニュー板も、玉置氏にかかると「そんなお店他にないでしょう?」と。それだけを聞くと不親切に聞こえるかもしれないが、そうでもない。それは「二○加屋長介」の客単価が2000円台後半というリーズナブルさに表れている。

お客様が居酒屋に持つイメージを上手く利用しながらそれを覆す。

でも大事な所ではお客様のイメージに逆らわない。お客様と店側が信頼し合いながら遊んでいる。そんな印象が「二○加屋長介」にはある。

そんな遊び心を玉置氏は「面白いネタを“置く”のです」と表現する。ネタを置いておく。そして気がついたお客様と遊ぶ。

「うどん+居酒屋」という業態の融合は、そんな遊び心の中から生まれている。

そして、そんな遊び心を楽しむお客様達が福岡には沢山いるのだ。

 

●新しい福岡らしさ。渡辺通り「梅山鉄平食堂」

パッと見は定食屋には見えない梅山鉄平食堂の外観。デザインは梅山氏の奥様が担当。

パッと見は定食屋には見えない梅山鉄平食堂の外観。デザインは梅山氏の奥様が担当。



ここ最近、飲食店ウォッチャーと呼べるブロガー達に会うと、こぞって話題になるのが昨年から今年にかけての炉端開業ラッシュだ。警固の「百式」、高宮の「タキビヤ」、薬院の「氷炭」等々。その開業ラッシュは、炉端という業態を通じて“新しい福岡らしさ”の表現の確立を感じさせるものだ。

あるいはミシュラン福岡・佐賀で星付に選ばれたお店のラインナップをみると、そこで感じられるのが福岡の魚という素材の評価だ。その評価をミシュランに指摘される前にすでにカジュアルラインの業態に落とし込んでいるのが新しい炉端の店達かもしれない。

ここで最後に紹介するのも、そんな新しい福岡らしさを意図的に定食屋という業態に落し込んだ「梅山鉄平食堂」だ。

西鉄福岡駅から渡辺通りに入って約200m。桜十字病院横の細い路地に入ると、一見カフェのような佇まいの定食屋が目につく。店に入るとやはりカフェのようなナチュラル感のあるおしゃれな空間。そこが定食屋だとはメニューを見ないと分からない。しかし、メニューを見ると、その硬派な内容に驚く。

話をするだけで“福岡LOVE”が伝わる、梅山鉄平氏。

話をするだけで“福岡LOVE”が伝わる、梅山鉄平氏。



毎日日替わりで更新されるという定食メニューはアイテム数約70。さらに魚をメインにした定食の数はその内50種。魚は全て産地が明記してあり、メニューを通してもその素材感の高さが伺われる。定食屋というよりは炉端の店のようなメニュー内容である。

オーナーは梅山鉄平氏。創業は2009年。18坪26席という小さなお店だが月商は800万。客単価1000円前後の定食屋としては驚異的な売上と言って良い。

梅山氏は福岡の老舗定食屋で修業の後、魚屋での経験も合わせて「梅山鉄平食堂」を開業。開業時に強く意識したのは「自分がやるからには福岡らしいお店にしたかった」ということ。「福岡らしさというと色々ありますが、まずは素材面で言えば魚です。地元福岡だからこそ仕入れられる良い魚にこだわりました」

開業してしばらくは1000円前後という定食屋としては高い単価設定に苦戦したが、徐々に認知が広がると共に、素材に対するこだわりが伝わり、今では地元のお客様ばかりではなく全国からお客様が口コミで来店される超繁盛店に成長。

仕入れにより毎日変わる魚を使った定食メニュー。取材当日チョイスして下さったのは「鐘崎・極上メバル一尾煮付け定食」(1480円)

仕入れにより毎日変わる魚を使った定食メニュー。取材当日チョイスして下さったのは「鐘崎・極上メバル一尾煮付け定食」(1480円)



地元のお客様に評価され、その評価から福岡外のお客様に評価される、ある意味理想的な集客を実現している。

その梅山氏のお話を聞きながら感じるのは、梅山氏自身が“福岡LOVE”なんだということ。あるいはそれは梅山氏だけではなく多くの福岡のお客様に共通する要素かもしれない。

梅山氏は、自身の思う福岡らしさをこう表現してくれた。「福岡は人が多い街ですが、それでもミニマムにまとまっているところが良さだと思います。だから温かい街なのです。そして地元意識の強いのも福岡の人の特徴かもしれません」

「梅山鉄平食堂」もまた、その地元意識の強さをメリットに転化し、福岡のお客様達が望む“今”の福岡の良さを表現した店だからこそ、ここまで受け入れられたと言えるだろう。

今の福岡を愛するお客様に響く要素が詰まっている店。それが「梅山鉄平食堂」なのだ。

 

●“今”の福岡と“これから”の福岡

このレポートは“越境”と“融合”と“新しい福岡らしさ”をキーワードに、 今のお客様が望む飲食店がどのようなものであるかを明らかにしてきた。

それはジャンルにとらわれない自由さや遊び心を持った店であり、福岡のお客様が望む新しい表現での福岡らしさがあるお店などだ。

しかし、それらは全て“今”であって“これから”ではないことを最後に押さえておきたい。

ネットの発達した情報社会にあって、今のお客様はどんどん進化している。その進化は5年10年というスパンではなく、1年もしくは半年という極めて短いスパンで起こっている。その中にあってこれからのお客様はどんなことに興味を持ち、どんな飲食店を望むのか?あるいはこれからの飲食店は、進化するお客様にどう対応してどう自らも進化していくのか?

これから求められるのは新しい飲食店だ。それがどんな姿になるのか?

その新しい飲食店を作るための情報を、フードスタジアム九州はこれから発信していきたいと思う。

 

(島瀬武彦)

 

 




取材協力店

店名・ワインサロン あら木
住所・福岡県福岡市中央区大名1-13-12 大名ことうビル 2F
TEL・092-725-5020
営業時間・18:00~翌2:00(L.O.)
客席数・15席

店名・二○加屋長介
住所・福岡県福岡市中央区薬院3-7-1
TEL・092-526-6500
営業時間・16:00~翌2:00(L.O)
客席数・24席

店名・梅山鉄平食堂
住所・福岡県福岡市中央区渡辺通3-6-1
TEL・092-715-2344
営業時間・昼の部 11:30~15:30(ご入店時間) 夜の部 17:00~22:30(ご入店時間)
客席数・26席

 

 

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