水は高いところから低いところへ流れる。
飲食店の料理のムーブメントは、往々にして高級業態の動きから始まる。
福岡のこれからの飲食店の料理がどのような動きをこれから持つのか?
それを知るために高級業態の華といえるミシュラン掲載店に注目し、それらのお店が何を考え、何を志し、何を作ろうとしているのかを追跡する「ミシュラン掲載店を訪ねて」。
その第1回は黒崎の日本料理店、ミシュランガイド一つ星を獲得した「御料理 まつ山」に注目した。
北九州市黒崎にある「御料理 まつ山」の料理は1つ1つが技巧的でありながら、同時にその技巧がなぜ使われているのかが明確である。
それは店主・松山相三氏の柔軟な思考と、たゆまない勉強の成果による。
例えば“もみじ鯛の松皮造り”。
パッと見では決して変わった料理とは言えない。
しかし、そこで重ねられた技巧は、先ず鯛の旨みを引き出すために2日間熟成させるとことから始まり、その身を厚めに切ることでその旨みがしっかり味わえるようにしながら、同時に皮を縦に2つに割るように切れ目を入れることで皮の固さを感じさせない工夫がされている。
それだけではない。その切れ目の間に挟めるようにと添えて出されるのが、小豆島の塩昆布。松山氏曰く「昆布〆にすると鯛の風味が昆布に負けてしまいます。でもこうやって鯛と塩昆布を一緒に食べることで昆布の風味と鯛の味の両方を楽しめる。口の中で瞬間昆布〆にするんですよ」。
その言葉通りに塩昆布を挟んで食べる鯛のお造りは、鯛そのものの味わいを主にしながら昆布の旨みが一緒になって口の中で溶けあい、ただ醤油をつけて食べるだけではない新鮮な印象を与えてくれる。
その料理が一番美味しくするためには何をするかを突き詰めて考え、そしてそれに合わせた提供法を積み重ねる。
そこには松山氏の料理人として「美味しいものを食べて、その時間を楽しんで頂きたい」という想いが表れている。
その想いを象徴するような料理をもう1つ紹介しよう。
取材当日は11月下旬。「いつもなら最初は季節の前菜を出すのですが」ということわりと一緒に出てきたのが“北海道産の手打ちそば”。
新そばの季節だけ出される料理だが、そこでは通常のそばと違いそばつゆが添えられていない。
その代わりに添えられているのは昆布出汁を塩で味を調えてエスプーマにかけて作られた泡。
そばつゆではなく真っ白な泡が出されて来ることにびっくりするが、松山氏はその泡の理由をこう答える。
「新そばの風味は繊細なので、前から醤油ベースのそばつゆではその風味を損なうと考えていました。新そばだからこその風味を存分に感じて頂くための工夫です」
その一言には、そばが好きな人間ならば「なるほど」とうなずく説得力がある。
「まつ山」店主松山相三氏は現在33歳。
飲食店を志したのは25歳の時と、決して早いスタートではない。
20代前半は自動車の整備工を務めるが、お客様と接する機会が少ない自動車整備の仕事は「自分に向いていない。お客様と接する仕事がしたい」と転職。
その後、佐賀でフランチャイズのたこ焼き屋を開業したが、その時に佐賀のとある小料理屋のオーナーと知り合ったことが松山氏にとっては運命の出会いとなった。
そのお店は堅実でしっかりした料理を出しながらも酒の種類も豊富で、まだ料理の世界に足を踏み入れていない松山氏から見ても「美味しくていい店」と言える店だった。
何よりもその店の女将がまさに名物女将といえる存在で、料理を楽しみ、女将とのやり取りを楽しむその店の雰囲気に触れた時、自然と「飲食がやりたい」という想いが生まれたのだった。
その後、改めて飲食店の経験を積むために小倉のカウンター割烹の店や200名の席数を持つ大箱店に勤務し、修業を積み重ね、30歳になった2011年8月に「まつ山」をオープンさせる。
「まつ山」は席数16という小さなカウンター割烹のお店だ。
それは飲食を志したきっかけになった小料理店や、修業した小倉のカウンター割烹の店を踏襲したスタイルとも言えるが「お客様と接する仕事がしたい」という松山氏の気持ちからすると当然の選択だったろう。
そこで出される料理は開業当初は修業したカウンター割烹の店のスタイルを踏襲していたが、そこから松山氏は自分の料理を確立するために目を全国に向けた。
店の休みを利用しながら積極的に日本の高級業態の和食を食べ歩くことを始め、特に関西に関してはミシュランで星を取った和食の店は全て訪問。さらには「ここは」と感じた店はベンチマークして定期的に訪問することで、その店の持っている要素を徹底的に研究したのだった。
それらの店に通いながら松山氏の中にあった気持ちは「自分の料理と比べてどうなのか?」というもの。
特にベンチマークした店に関しては定期的に通うことで、その時の自分のレベルを客観的に見ることが出来、以前は足元にも及ばなかった要素に手が届くようになったならば、それは自分への自信に繋がり、まだ足りていないと感じる部分があれば、そこから刺激が与えられる。
そうやって松山氏は関西の有名店に通いながら、1つ1つ階段を上るように自分の料理を確立して行ったのだった。
「これが自分の料理と言えるものが出来始めたのはここ1年ぐらいです」と語る松山氏。
その松山氏自身の思う自分の料理とは、料理の見た目の印象・提供方法・料理を出す順番やタイミング、それらを通してインパクトのある料理を作ることという。
先に紹介した新そばが良い例だろう。
先ず前菜の代わりにそばを出す大胆さ。
そしてそのそばにそばつゆがなく代わりに出されるエスプーマで泡にされた塩と昆布出汁。
そのインパクトは、お客様の期待を良い方向へ裏切り「まつ山」の料理を印象つけるに充分なものである。
ただし、インパクトのある料理といっても「珍しさ」や「新しさ」といった要素だけを松山氏は追いかけてはいない。
エスプーマなどの新しい技術も積極的に取り入れながら、それでも根本は「和食であること」に松山氏はこだわる。
例えば11月のコースの焼物として出された“鹿児島産黒毛和牛の炭火焼”。
鹿児島のA5黒毛和牛の中からさらに100頭のうち4頭しか取れない「4%の奇跡」と言われる特別な肉を、62℃で3時間かけて真空低温調理を施し、肉の組成を壊さずじっくり火を通した上で、炭で炙る。
さらに京都の九条ねぎ味噌を乗せて食べることで、肉の柔らかさ、旨み、風味、味噌の味わい、葱の風味が一体となって口の中で蕩ける。
見た目はシンプルだが、見た目以上に手をかけることで極上の味を引き出している。
この料理のポイントは味噌を使うこと。
真空低温調理と言う洋食由来の技巧を使うが、それはあくまでも素材を美味しく調理するための工夫であって、そこに味噌を使うことでこの料理は洋食ではなく和食になる。
牛肉に味噌を合わせると言う先人の培った工夫をベースに、それをさらに美味しくするために新しい調理法を取り入れているのだ。
「私の作る料理で新しい要素はほんの少しです。殆どはベーシックな和食の技術ですよ。ただしほんの少しの新しい要素を入れることで、違う見せ方をしているのが『まつ山』の料理です」
そこで違う見せ方をすることで、高級業態の料理を食べ慣れていない地元黒崎のお客様に対して分かりやすいインパクトを与え、さらにカウンター割烹というスタイルの中で使われている食材の価値を直接お客様と会話をしながら伝え、お客様に美味しく楽しい時間を過ごして頂く。
それが松山氏が理想とするスタイルなのだ。
最後に松山氏に「ミシュランの調査員に『まつ山』のどこが評価されたと思いますか?」と質問した。
「まず季節感のある料理。印象に残る料理であったこと。京都・大阪では当たり前にやっているようなことをこちらでやっていること。何よりも地元の食材を使うことで生まれる臨場感。それらがミシュランの審査員に評価された要素だと思います」
そこで語られた言葉はミシュランという枠も高級業態という枠も越えて、今の飲食店に押し並べて必要な要素ではないだろうか?
季節感やインパクトはもちろんのこと、外にある新しい要素を積極的に取り入れながら今の時代に合わせた表現を作り、なおかつ地元だからこそできる臨場感を生み出す。
そこに、これからの九州の新しい料理の可能性が垣間見えるのだ。
店舗データ
店名 | 御料理 まつ山 |
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住所 | 福岡県北九州市八幡西区藤田2-1-10 |
アクセス | JR九州鹿児島本線・黒崎駅下車。黒崎駅南口を東へ徒歩5分。 |
電話 | 093-642-2278 |
営業時間 | ランチ 12:00~13:00(L.O) ディナー17:30~21:00(L.O) |
定休日 | 日曜日(但し日・月連休の場合日曜日は営業) |
坪数客数 | 16席 |
客単価 | 15000円 |