居酒屋などの新規出店や繁盛店が増え、静かな盛り上がりを見せている福岡市の渡辺通エリア。九州一の繁華街・天神に隣接するこのエリアに5月2日、クラフトビール専門店「BEERKICHI (ビアキチ)」がオープンした。クラフトビールの多様性と奥深さに魅了された代表の小出祐太さんは「 クラフトビール文化を福岡にもしっかりと根付かせたい」と語る。
「新しい客層を作りたい
「それぞれの樽にドラマがある」「日本酒やワインと比べても短期間で詳しくなれる」「ラベルもおしゃれなものばかり」。小出さんの口からは次から次へとクラフトビールの楽しみ方が溢れ出る。「ビアギークにとどまらない、新しい客層を作らないとクラフト文化は根付かない」と話す小出さん。各地のビアバーを巡って築いた人脈を生かし、店では福岡で入手しづらい樽も扱っているが、「飲む人が増えてクラフトの店がもっと増えないとインポーターにも福岡を認知してもらえず、結果的に話題の商品も入ってこない」という。常に変化する流行を追うのもクラフトビールの楽しみの一つ。愛好者人口を増やすことは、文化として根付かせるための切実な課題でもあるのだ。小出さんは福岡市内でパブを展開する会社でビアマネージャーなどを7年間務めてきた。その間、都内の繁盛店やここ数年で専門店が次々と増えてきた大阪のクラフトビールシーンに影響を受け、自社の店舗でも商品を仕入れるようになったという。東京や大阪のビアバーのオーナーたちからは商品ごとに異なる性質や保管、ガス圧、イレギュラーなビールへの対処方法、ブルワリー(醸造所)やインポーター情報などを愚直に吸収してきた。「前の店でもクラフトにこだわったことで、実際に数字も上がった」と小出さん。「ビールは味の違いもはっきりしているし、すぐに覚えてどんどん得意になっていく」と楽しさも募っていったという。
樽のドラマを最前線で発信
ブルワリーを開く選択肢はなかったのか?小出さんは「僕は店で提供する最前線にいたい。どんなにいい樽でも飲んでもらえるかは勧め方にかかっている。自分がしっかりと勧めたい」と力を込める。さらに「それぞれの樽やブルワリーにドラマがある。ビールを説明するのは、ストーリーの台本を覚える役者のような気分です。お客さんがあたかもそのブルワリーに行ったかのように感じてもらうため、インポーターから届く説明を噛み砕きながら説明しています」と続けた。「ハードルが高い」と思われがちなクラフトビール。メニューにはその日扱っている商品のラベルもプリントし、CDのジャケ買いのような感覚も演出している。クラフトビールを扱う既存店の多くは、料理メニューが少ないところも多い。「特にビールを飲まない若い女性に多く来てほしい」と料理人を目指して和食やイタリアンの店で働いた経験を生かして腕をふるっている。
手頃な価格でリピーターを
競争相手が少ないため、値段も上がりがちだというクラフトビール。海外の樽は20〜30Lあるため、相当数を提供しなければ消費できない。 新たな愛好者を増やすため、価格設定にもこだわるBEERKICHIでは「Mサイズ(266ml)は普通の店の3割減くらいの値段ではないでしょうか」。「月に5、6回来て1回2千円くらいで収められるようにしたい」という。ビアギークにとっても「海外でわざわざ飲むようなフレッシュなビールを福岡で千円程度で楽しんでほしい」と思いを語る。ビールはL(473ml)M(266ml) S (120ml)の3種類。メニューは日によって異なるが7〜10種類程度をラインナップ。価格はL:1100円〜1400円、M:700〜900円、S:400円〜550円前後だ。例えば、ラズベリーとブラックベリーを使用して最上級のリフレッシュをコンセプトに爽やかテイストに仕上げたベルリーナー・ヴァイセの「Modern Times – Sula」(アルコール度数6.5%、L :1400円/M:900円/S :550円)▽ニュージーランド産ネルソンソーヴィニョンをふんだんに使ったキレキレのブリュットIPA「ALESMITH – BRUTIFUL DAY」(同7.2%、L :1400円/M:900円/S :550円)▽スペインで一番評価が高いとされるソマビアーとのコラボビール「Naparbier × SOMA BEER – Giraffe」(同8%、L :1300円/M:850円/S :500円)▽「UCHU BREWING – UCHU SHAKE IPA」(同7%、L :1200円/M:800円/S :450円)など。
料理は生地から手作りしたニューヨークスタイルのピザをスライスで注文できる。「ペパロニ」(Full:1100円、1/4 Slice: 350円)▽「チーズ」(Full:900円、1/4 Slice: 250円)▽「マッシュルーム」(Full:1100円のみ)など。その他、「前菜の盛り合わせ」(Full:1400円、Half: 850円)▽「お酒に合うパテドカンパーニュ」(650 円)▽「スーヴィードした塩鳥のハム」(500円)などビールに合わせた品々を揃える。
「お客様の名前は忘れません」
初めて来店した客は小出さんにニックネームを聞かれるだろう。「次に来店したときに名前を覚えてもらえると嬉しいと思うんです」。そんなフレンドリーさもあり、オープンからほどなく何人もの常連がつき、店内から通行人を呼び入れてくれる人もいるほどだという。小出さんは「ビールが美味しいのは当たり前。店のファンを作れば、その客が客を作ってくれると思う」 。実際、オープンから2週間ほど経って、サワービールの醸造所「カスケード・ブリューイング」のビンテージものを提供するイベントを開催。一般的なビールに比べると120ml 900円、60ml 500円と決して安くはないが「予想外」(小出さん)にも10種類以上が1日でほぼ完売した。東京、大阪はもちろん、海外からの集客を狙い、フェイスブックやインスタグラムは英語や韓国語に訳した文章を投稿している。宣伝を兼ね、店のロゴであるネコのイラストをデザインしたグラスも販売している。「インフルエンサーが引っかかってくれるかもしれないし、お客さんが家飲みしたときにもグラスをアップしてもらえるじゃないですか」と余念がない。「この感じで長く続けていきたい」と話すが、酒販免許を取得してクラフトビールやグッズを販売するボトルショップの併設などの構想も膨らむ。福岡の地でクラフトビール愛好者人口の底上げを図るべく、知識と人脈、持ち前のコミュニケーション力をフルに生かし、小出さんは今日も6坪の立ち飲みビアバーで奮闘している。
(取材=港そら)