◆31歳の若きオーナーが生み出す魅力とは
「このお店はちょっとやりすぎたかもしれません」
そう言いながら半分は誇らしげに、半分は苦々しく笑ったのは「IZAKAYA 芥」のオーナーである株式会社芥代表取締役・榎本浩徳氏。
「なんたって原価率が半端ないですから」
2014年7月にオープンした「IZMAKAYA 芥」は大名から薬院へ抜ける上人橋通りの小さなテナントビルの2Fにひっそりと佇む。
その場所ではかつて居酒屋甲子園でV2を成し遂げた「居心地屋 蛍 上人橋店」が営業していたが、同店が春吉へ移転した後に入居したのが「芥」である。
オープン時にプロモーションらしいプロモーションをすることなく静かに開店した「芥」であったが、オープン後数カ月はお客様が付かずに苦戦。
「8月の週末なのにお客様が2組という日もありました」と榎本氏はオープン時の苦境を語る。
しかし、そこから徐々に口コミとリピーターでお客様が増加。
今では土日は2週間前でないと予約が取れない状態になり、繁盛店への階段を昇り始めている。
プロモーションをしなくても増客出来ている事実は理想的ともいえるが、やはりお客様が増えるには増えるだけの理由がある。
それだけの魅力が「芥」にはあるのだ。
オーナーの榎本氏は現在31歳。
福岡市薬院の「居座火家 喜人」など福岡市内の和洋様々な飲食店で修業を積み、26歳の時に故郷である鹿児島市東千石町に「酒楽食 芥」を開業。
その後鹿児島市内に2店舗の居酒屋を開業し31歳となった昨年、満を持して福岡へ進出。
福岡1号店である「IZAKAYA 芥」をオープンさせた。
「IZAKAYA 芥」について榎本氏自身はこう語る。
「最初の1店舗目でこれをやらなくて良かったと思っています。大変ですよ、この店は。今の自分がやりたいこと、楽しいことを全て詰め込んだのが『芥』です」
◆上質さとコストパフォーマンス
「IZAKAYA 芥」の魅力。
その第1は料理のクオリティとコストパフォーマンス。
例えば居酒屋の定番「お刺身盛り合わせ」を注文すると、出てくるのは丸いお盆に美しく盛られた刺身。ぱっと見はガストロノミーを表現したレストランで出されるような1品だが、確かにそこにあるのはお刺身の盛り合わせに他ならない。それが2人前1280円。驚くべき価格である。
さらに「地鶏タタキ 柚子エスプーマ」は真ん中が窪んだお皿の縁に地鶏のタタキと柚子と野菜が並べられ、お客様に提供する際に流行の調理器具であるエスプーマで泡にした柚子醤油を真ん中の窪みに注ぎ、タタキと柚子の香りがあふれる泡を絡めながら食べる料理。エスプーマというまだ居酒屋ではなじみの薄い器具を使いながらお客様にビジュアル的な楽しさとインパクトを伝えている
これも680円。明らかに中身と価格の間にギャップがある。
「牛サガリのステーキ 泡雪仕立て」(950円)に至っては1枚のお皿の上に絵画が載っているかのようなビジュアルへのこだわり。
コーンフレークとパン粉をアンチョビバターとオリーブオイルで炒めて作った粉を土に見立て、白い泡の雪に緑のハーブ類で彩りを作ることで皿の上で絵画的な大地と自然を表現している。
それらの料理は全て榎本氏の過去の調理場経験だけではなく、高級業態の料理や著名なシェフの料理等、様々な形で榎本氏自らが情報を集め勉強したものの中から「これを食べてもらいたい」と感じたものを提供している。
「居酒屋でもここまで出来るんだというところを見せたい」と榎本氏は語る。
ともすると大衆的なイメージで語られやすいが故に下に見られがちな居酒屋の料理だが、「芥」の料理のレベルを上げることで居酒屋の料理自体のイメージを上げたいと考えているのだ。
◆居酒屋の自由さと楽しさの新しい表現
ただし、そう言いつつもただ上質な料理だけに拘ったわけではない。
さらに安ければ良いと考えているわけでもない。
そこが「IZAKAYA芥」の魅力の2番目でもあり、榎本氏自身のもう1つの拘りがある。
それは自由で楽しい居酒屋であること。
居酒屋の持つ雰囲気、お酒と料理から生まれる自由で楽しい空気感、そこに生まれる自由さと楽しさといった居酒屋らしさ自体に榎本氏は拘っているのだ。
そして、その居酒屋らしさに拘るために榎本氏は逆に様々な思い込みやとらわれを捨てている。
例えば一見カフェかバルのように見える空間デザイン。
居酒屋というイメージからはかけ離れたデザインではあるが、今の時代のお客様の持つ柔軟な思考の中にあっては、むしろ昔からある和風の居酒屋の内装イメージの方が型にはまって自由さがない。
「芥」の空間デザインは今のお客様に型にはまらずに居酒屋を楽しんで頂くためのものであり、これもまた自由さの表現の1つである。
さらにホールとキッチンというスタッフの専門性をなくし、全てのスタッフがキッチンスタッフというのが「芥」のスタイル。
「芥」にはホールのみのスタッフは存在しない。
料理人が作った料理をそのまま料理人がお客様にサーブするスタイルは、これもまた居酒屋らしい自由な表現でもあるが、同時にここに料理のコストパフォーマンスの秘密がある。
オペレーションを簡略化しホールスタッフを置かず少人数で全体を回す工夫をすることで、原価をかけながら人件費を抑え、全体のコストコントロールの中で利益を確保するのが「芥」の収益モデルとなっている。
さらに、オペレーションの簡略化を狙いつつお客様に自由な楽しさを提供しているのが飲み放題のセルフサービス。
飲み放題を注文するとテーブル横に設置されたボックスに詰まっている小瓶のビールやカクテル、ソフトドリンクが自由に取り放題になる「芥」の飲み放題のシステムは、お客様にとっては自分の好きなドリンクを気兼ねなく自由に選べる楽しさがあると同時に、店にとってはドリンクを提供するオペレーションの手間が省ける一石二鳥の仕組みとなっている。
これは「ドリンクはホールスタッフが提供する」という思い込みを捨てた結果生まれたシステムだが、同時にこういった大胆なアプローチが許されるのも居酒屋が本来持っている自由さがあってこそのことだろう。
◆「次の店は夏までに」オーナーが語る今後の展開
「居酒屋だから」という言葉を言い訳にしない上質な料理。
それでも居酒屋の持つ自由さと楽しさを様々な形で表現した店内の演出。
そして何よりも、気軽に使える居酒屋としての圧倒的なコストパフォーマンス。
オープン以来着実な増客を実現している「IZAKAYA芥」の背景には、今までにない新しい進化形居酒屋の魅力が詰まっている。
その「IZAKAYA芥」の今後の展開を榎本氏は次のように語ってくれた。
「やはり福岡にこれから店を増やしたいと考えています。ただし『芥』と同じスタイルを多店舗化するのは難しいと思います。この店は自分のエッセンスを全て詰め込んでいるだけに自分がいないと成り立たないので。ただし、その『芥』のエッセンスを活かしながら業態を変えてスタッフにも任せられるスタイルを次の店では作ります。『芥』を中心に様々な業態のお店を提案したいと考えています」
多店舗化を前提に料理人のスキルアップのための料理コンテストと、商品知識向上のためのペーパーテストを実施する等、既に人材育成にも乗り出しているという榎本氏。
次店舗の予定は「夏までに」と語る榎本氏と「IZAKAYA芥」の動きに、今後も注目して行きたい。
店舗データ
店名 | IZAKAYA芥 |
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住所 | 福岡県福岡市中央区警固1-1-23 2F |
アクセス | 大正通り薬院六つ角交差点より上人橋通りに入って約100m |
電話 | 092-791-4217 |
営業時間 | 18:00~26;00(L.O) *火曜日のみ23:00ラストオーダー |
坪数客数 | 33坪/40席 |
運営会社 | 株式会社芥 代表取締役 榎本浩徳 |