「エルボラーチョ」「FUKUOKA CRAFT」など福岡を中心に国内外でメキシコ料理などの8店舗を展開するEFM社長の杉山芳文氏。おおらかな人々とその料理に魅せられて20年、杉山氏のメキシコ愛は一向に衰えていない。「メキシコで流行っているものは何でも紹介したい」との信念のもと、この数年現地で人気の クラフトビールの醸造所を店内に構え、昨年8月より販売を始めた。できたてを店で提供するだけでなく、すでに販路は県内外に広がっている。 自社工場で製造する食材も10社以上に卸し、好評のオリジナルテキーラは年内に第3弾を発売予定。ネット通販ではメキシコの食材や雑貨など100品近くを揃え、「メーカー」としても足元を着実に固めてきている。現地でのビジネスにもより本腰を入れるべく、さらなる展開を見据える杉山氏のビジョンに迫った。
―昨年11月のメキシコ訪問後、JR博多シティのレストラン街「くうてん」に出店している「カンティーナエルボラーチョ」のランチメニューをリニューアルすることに決めたそうですね。
メキシコ第二の都市グアダラハラに行くと、朝ごはんを外食することが流行っていたんです。肉よりも野菜を多く摂るヘルシー志向も広がっていて、アボカドディップのワカモレをたっぷりのせたバゲットなどの朝食を出す専門店が何店舗もできていました。3月をめどに、野菜をふんだん使ったオープンサンドイッチ的なメニューを追加する予定です。現地にはカンクン店があり、仕入れもあるので年3、4回訪れています。この数年は有名どころ以外の飲食店にもふらっと立ち寄るようになりました。そうすると、米国など世界各地に出稼ぎに出たメキシコ人たちが母国に持ち帰ってくる食文化の影響で、メキシコ料理もどんどん変化していることをより感じるようになったんです。
メキシコの伝統料理でマヤ・アステカ時代から伝わるものをベースに、スペイン植民地時代や米国の影響を大きく受けています。和食も30年くらい前から入ってきていましたが、この2、3年はより本格的な店が増えています。 メキシコシティには昼間は和食の定食を出し、夜は日本の居酒屋にも負けないようなクオリティのネオ酒場的な 店もありました。もちろんラーメン専門店もあります。常に変化を続けるメキシコ料理を日本でも紹介していきたいと思っています。
―今でこそメキシコ料理は知られていますが、新しい食文化を持ち込むことは簡単ではなかったと思います。
2002年に福岡・大名に1店舗目を開いたときは、お客さんとの戦いの毎日でしたよ。多くのお客さんはアメリカのテキサス風にアレンジされたメキシコ料理をイメージしているので、出された料理とのギャップが大きかったんです。「固い皮のタコスはないの?」とか「タコライス(沖縄発祥の料理)はないの?」と聞かれる度に、一人一人に地道に説明する日々でした。当初は「本格」で売っていたから、料理も現地の名前を付けていました。だけど、「FUKUOKA CRAFT」では日本人にも わかりやすいメニュー名にしたり、フュージョンメニューも増やしたりするなど、ハードルを下げることも意識するようになっています。僕はメキシコ料理の高級店がピラミッドの頂点だとしたら、その次に今やっているようなメキシコ料理専門店、そして一番下にメキシコ風料理の店というイメージをしています。例えば、クラフトビールのつまみに食べた小皿料理にメキシコのスパイスが入っていて、「あ、あれメキシカンだったんだ」と気づいてもらえたら良いなと思っています。間口を広げながらやっていきたいですね。
イメージとしては、イタリアンが喫茶店のナポリタンで庶民に広がり、日本人にも食べやすくアレンジされたパスタの専門店ができ、本格的な料理が増え、現在ではイタリアンでも北部、南部、シチリアなど様々あるのが普通になってきたような感じです。メキシコ料理はまだ細分化の域には達していませんが、他社も含めて店舗が増えることでマーケットも広がると思います。
―クラフトビールの自社生産の構想から醸造所の開設、販売に到るまでの経緯を教えてください。
構想を始めたのは2年前ですね。メキシコでは5年くらい前から流行っていました。メキシコ料理との相性もすごく良いんです。味が強いメキシコ料理に負けない味を持っています。今までは飲みやすいコロナビールを何杯も飲みながら食事をしてきた人たちが、料理もビールもよりじっくりと味わうようになったんだと思います。 メキシコでも意識の高い人たちは食べる量も飲む量も減っていますが、クラフトビール自体は重めの飲み物なのでたくさんは飲めない。そういう意味では、酔っ払いたくない人や女性にも飲んでもらえますよね。醸造所は2017年7月にオープンした「FUKUOKA CRAFT」店内の一角にあります。500リットルの発酵タンク2個を備えていて、昨年8月から販売を始めました。実際に製造、そして販売を始めるまでには1年がかかっています。醸造免許を取得するまでには何十回 も税務署に通い、資料作りなどで8ヶ月を要する大仕事でした。
醸造を担当するのは 福岡在住のアメリカ人David Victorさんです。紹介されて会った彼は、ビールに対する思いと情熱、知識がすごかった。センスがありました。会ったその日にお願いすることに決めました。ただ醸造は技術があっても機械との相性もあるので、1回目は失敗したんです。酒税が絡むので、タンク1本分のビールを 税務署立会いのもと泣く泣く廃棄しました。
現在(1月末)は「ペールエール」「ヘイジーIPA」の他、地元コーヒー店とのコラボで「スタウト」もあります。ビールは完成までに大体2週間前後かかりますが、常時2、3種類を提供できるようにしています。クラフトビールもメキシコ料理と同じように、マーケットを広げていくためには醸造所が増えていく方がいいと思います。福岡にクラフト文化を根付かせるためにも、タンクの輸入や醸造免許取得のノウハウなどで伝えられることは伝えていきたいと思っています。
―「メーカー的な役割を果たしたい」と考えているそうですね、
そうですね。現在も自社工場で加工した食材をグループ店舗はもちろん、都内などのメキシコ料理店10社以上に卸しています。クラフトビールの樽も九州を中心に7、8社に出しています。現地の蒸留所で製造し、2013年から販売しているメキシコの認証団体公認のオリジナルテキーラの第1弾「雫(しずく)」も好評で、毎年約2千本が売れています。この夏には「雫」の5年熟成を有田焼ボトルで限定200本(750ml、10万円の予定)販売します。第3弾のテキーラもリーズナブルな価格設定にして 年内をめどに売り出す予定です。ネット通販ではメキシコ関連の約200品を揃えていますが、昨夏からはメキシコの有名メーカーから唐辛子や缶詰の直輸入を始めました。
こんな風に新しいものにチャレンジして製造し、メーカー的立ち位置からそれらを広げていきたいと思っています。現在ある店は、あくまでも自分たちのチャレンジを表現する場なんです。
―福岡市の一部エリアでは昨年11月末から、九州の都市としては初めてUber Eatsのサービスが始まりました。
うちも2店舗でやっています。 これから花見シーズンもきますし、販路の一つとしては面白いんじゃないかなと思いますね。―昨夏、 「大名ソフトクリーム」を手に歩く人たちが大名地区のそこかしこで見られました。店の前の行列も途切れることがなく大人気でしたね。1日何個くらい売れたのでしょうか?
それは言えません(笑)業者の露骨な探りも多かったですよ。お客さんのふりをして店内でビデオを回すとか。だけどうちは原液からこだわって作っているし、よりオリジナリティを高めて新商品を開発していくので真似はできないでしょうね。
現在「FUKUOKA CRAFT」がある区画は30坪あって、一部を醸造所にすることは決まっていましたが意外に広かったんです。 ソフトクリームはみんなが好きだし、スタッフもやりたいと乗り気になってくれたこともあって始めました。初夏にオープンしたことや イタリア製の400万円する高級製造機が良かったことなど、色々なプラス要素が重なりました。
流行ったこともですが、求人への反応が抜群に良かったのが嬉しかったですよね。普通、レストラン業態としてアルバイトの求人をかけてもまともに応募はないんですが、大名ソフトは張り紙やインスタの募集だけで結構な人数が集まりました。 カフェという業態だったからかもしれません。
―2011年3月にJR博多シティのレストラン街「くうてん」に出店して以降、ほぼ毎年1、2店を新規開店しています。今年の3月1日には博多駅内の区画に直営の大名ソフトクリーム、翌日の2日にはクラフトビールとメキシコ料理をひっさげてプロ野球ソフトバンクホークスの本拠地・ヤフオクドームに乗り込みます。今後の展望をお聞かせください。
毎年1店と決めているわけではないのですが、博多駅に出店したことで東京からも声をかけていただきました。この頃に人も育ってきた時期だったことなども重なっていましたね。現地でのビジネスもさらに展開していくつもりです。メキシコの人口は20年前に比べて約2千万人も増えています。それも20、30代が特に多い。まだまだ経済的には伸びていく、期待が持てる国ですよね。現地に行きたいというスタッフたちも送り込んで店舗展開をしていきたいですね。 もちろん現地の人々も雇用するつもりです。
すごく先の夢ではありますが、メキシコに小学校も作りたいと思っています。メキシコの貧富の差は日本の比ではない激しさです。貧しい人々がその環境から脱するには、読み書きや算数など基本的なところを学ぶ場が大切だと思います。さらに、いずれはその学校で学んだ子たちが日本に留学して日本の良さを知ってほしいと思います。日本の人たちもメキシコ人のおおらかさなどから学ぶことは多いと思いますよ。
2年間向こうに住んでいた時に、メキシコ人にいろいろな形で助けられ、教えられました。だから「恩返しをしたい」という思いがずっと僕のベースにあります。「メキシコっていいよな」というふわっとしたものでいいので、日本の人に感じてもらいたい。それが僕の願いです。
【杉山芳文氏】
1971年生まれ。大分県出身。株式会社EFM社長。福岡市に5店舗、都内に2店舗の他、メキシコ・カンクンでもエルボラーチョブランドの店舗を展開する。 脱サラして飲食業界を志していた1999年、料理を学ぶために片道チケットを手にメキシコに渡る。メキシコ料理の予想以上の多様性と美味しさに衝撃を受け、滞在中の2年間に5軒のレストランで修行を重ねる。500種類以上の料理を学んで帰国する際、最も世話になったシェフから「日本人全員に本物のメキシコ料理を食べさせてやれ」と託され現在に至る。
1971年生まれ。大分県出身。株式会社EFM社長。福岡市に5店舗、都内に2店舗の他、メキシコ・カンクンでもエルボラーチョブランドの店舗を展開する。 脱サラして飲食業界を志していた1999年、料理を学ぶために片道チケットを手にメキシコに渡る。メキシコ料理の予想以上の多様性と美味しさに衝撃を受け、滞在中の2年間に5軒のレストランで修行を重ねる。500種類以上の料理を学んで帰国する際、最も世話になったシェフから「日本人全員に本物のメキシコ料理を食べさせてやれ」と託され現在に至る。
(取材=港そら)